初めてなのにどこか懐かしい
ほんのり甘い「たまご餅」

たまご餅本舗 山本家

はじめて口にしたはずなのに昔どこかで食べたことがあるような、そんな気持ちになる「たまご餅」。口に入れた瞬間にやさしい甘みがじんわりと広がり、記憶の引き出しをそっと開けられたような気分になります。懐かしくて新しい、上下町の新名物。甘いひと口を味わってみませんか。


あの一口の感動が町の名物に

いまから30年ほど前、山本さんはお子さんと参加した町内のとんどで「たまご餅」と初めて出会った。一口食べるとふんわり甘い。「衝撃的でした。それまで塩味のお餅しか知らなかった私にとって、まるでお菓子のように甘いのは初めてでした」と振り返る。それ以来、毎年のとんどでたまご餅をいただくのが楽しみになり、レシピを教わって自宅で作るようになった。お正月用に作っては近所に配るようになり、「珍しいね」という驚きの声や「楽しみにしてるよ」とリクエストももらえるように。「尾道で子どものころ食べていたという方が、この味だったと言っていただいて、うれしくなりました。家庭の中で静かに受け継がれてきた味なのだと知りました」

長年勤めた会社を退職したとき、ふと心に浮かんだのは「たまご餅を作って売ってみようかな」という思い。商売の経験はなく、不安もあったものの、なぜかそのとき迷いなく動き出していたとのこと。製造所として見つけたのが、JA福塩線上下駅の駅舎の一角。かつて地域の女性がせんべいを焼いていた作業所で調理設備があり、駅という場所にも惹かれた。山本さんが高校生だったころ、上下駅には多くの学生たちが行きかっていた。その時に比べて人口は半分ほどになった。「町の玄関口である駅が盛り上がるといいな」という思いも生まれた。
2022年8月8日、妹の上之富子さんと製造をスタートさせた。製造所がある駅舎は、日替わりでさまざまな料理が楽しめるシェアキッチンとしても活用されている。駅を訪れた人が、たまご餅にも自然と手を伸ばしている。

上下駅の一角に製造所がある

上下駅舎の土産物コーナーのほか、Aコープ上下店、道の駅びんご府中などで販売中

素材と手仕事が生む、やさしい味わい

たまご餅の原材料はとてもシンプル。もち米に卵黄とバター、砂糖、ほんの少しの塩。
それぞれの素材が主張しすぎることなく、やさしく調和する。蒸したもち米をついて、決まった分量を決まった順番で加える。もち米の生産者が違えば個性が違う。様子をみながら、工程のタイミングや時間を調整する。そして、混ぜて、切って、一つ一つを手にとって形を整える。機械は気まぐれなところがあるそうで、「形はまちまち。最後は人の手で仕上げます」。出来立てを袋詰めすると水分がこもりカビの原因になることがあるため、しっかりと乾燥させる。完成までには最短で3日間はかかる。小さな手間と気配りが、たまご餅のやさしい味わいを支えている。
現在は、プレーンとチョコレート味のショコラの2種類を展開。どちらも3個350円(税別)、箱入りは5個800円(税別)。

たまご餅はプレーンとショコラの2種類。箱入りは5個入り800円(税別)

丁寧にじっくり、味わい膨らむ

たまご餅は、温め方ひとつでさまざまな表情を見せてくれる。電子レンジで20秒、裏返して20秒、ふんわりとしてくる。そしてトースターで2分焼くと表面がパリッとして香ばしさが加わる。山本さんのお勧めの食べ方は、ふたがきっちりしまるフライパンで丁寧にじっくり焼く方法。蓋をして弱火で5分前後。ただし、たまご餅は砂糖が入っているため、普通のお餅よりも焦げやすい。どの方法でも、火加減や焼き時間には少し気を配りながら、丁寧に仕上げるのが美味しくいただくコツだ。電子レンジを使う場合は、冷めると硬くなりやすいため、温めたらすぐに食べるのが一番おいしい。

たまご餅はそのままでも十分美味しいが、お醤油を少しつけると甘じょっぱい違った味わいになる。牛乳や豆乳を加えて電子レンジで温めれば、餅がゆのようなとろとろ食感も楽しめる。こうした「ちょい足し」の食べ方は、お客様が教えてくれたアイデアとのこと。パンフレットにまとめて、たまご餅の楽しみ方として案内している。
山本さんのお勧めの食べ方を聞くと、「味見のために出来立てをいただきますが本当においしい。作り手の特権ですね」とこっそり教えてくれた。

ほかにはない優しさがここにある

たまご餅を手に取ってくださるお客様は、小さなお子さんからご高齢の方まで幅広い。ご家族のおやつやちょっとしたご褒美に、離れて暮らすご家族への贈りものとしても選ばれている。「町を歩いていると、「買ったよ」「おいしかったよ」と声をかけていただくこともあって、少しずつ、少しずつ、町の人に喜んでもらえていることを感じています」。顔なじみの方とのそんなやりとりが、日々の励みになっている。

寒さが増す秋から春先の3月ごろまでは繁忙期。白餅や豆餅も作りながら、たまご餅の製造に追われる。夏場は餅の需要が落ち着くため、もち米を使っておこわや寿司、漬物などの総菜も並ぶ。季節とこの町の人の暮らしに寄り添いながら、たまご餅は少しずつ町の“やさしい名物”として根づいている。

製造所をオープンして3年。妹の上之富子さんと二人三脚で、「時にはケンカもしながら、仲良くやってきました。妹は思ったより仕事がきついと言ってますけど(笑)」と山本さんは笑う。

上下町の人のあたたかさやつながりを日々実感しながら、「やっぱり上下が好き、この場所が好きです。ほかにはないものがここにはあるんです」と語る。上下町への愛情を練り込みながら、今日もたまご餅を作る。砂糖の甘みと卵のコクが絶妙に溶け合い、まるで和菓子のよう。懐かしくて新しい甘いひと時を、ぜひお楽しみください。

山本さんと、妹の上之富子さん(写真左)