白壁通りを満たすコーヒーの香り
今日も上下に明かりが灯る
白壁通りに佇むコーヒースタンド「Coffee stand Guzzi_55 / 福場焙煎所」。焙煎する豆の豊かな香りが、町ゆく人の足を静かに止めます。定年を機に上下町にUターンし、この店を始めた店主の福場豊さんの願いは、「商店街に明かりを灯すこと」。今日もグッチに明かりが灯り、訪れる人を迎えています。

主役はコーヒー、自家製おやつとともに

グッチで用意するコーヒーは、特定の産地や農園で育った豆だけを使ったシングルはホット7種類とアイス3種類、そしてオリジナルブレンド「上下ブレンド」。そのほかデカフェ、カプチーノも楽しめる。
豆は毎日焙煎。日によって気温や湿度が異なるため、香りや色合い、はぜる音の違いを感じ取りながら仕上げを決める。抽出は温度がカギ。香りを立たせたいときは少し高めに、苦味を抑えたいときは低めで。こうして今日の上下町の香りが宿る一杯となる。本来なら豆の種類によって価格は異なるところを、どのシングルオリジンコーヒーも600円で提供する。「値段ではなく、味で選んで好みを見つけてほしい」というのが理由だ。
カフェでも喫茶店でもない、コーヒースタンドとして、おやつはコーヒーをより味わい深くしてくれるものに限定。開店当初は外注もしていたが、もっとコーヒーに合うものはないかと探し求めるうちに、自家製にたどり着いた。自家製のチーズケーキやティラミス、クレームブリュレなど。主役はコーヒー。そのスタンスを今も守り続けている。


第二の人生は、上下町に明かりを灯したい
福場さんは、高校を卒業するまで上下町で過ごした。その後は広島市内で就職し、中四国、九州へ転勤。上下に住むご両親のことはお姉さんが見てくれていることもあり、上下町に戻る気持ちは全く持っていなかった。
50歳を過ぎたころ、定年後の第二の人生を模索し始めていた福場さん。これから自分はどうしたいのかを考えるように。雇用延長の選択肢もあったが、60歳を新たなスタートの節目に決めた。
ちょうどそのころ、上下町に帰省するたびに商店街に観光客がいるのに過ごせる場所がないというのを目の当たりにして、寂しさを覚えていた。「観光に来られる人はいるのに、座る場所が少ないんです。私ができることを考えたとき、お店をして、商店街に明かりを灯し続けることが町の活性化につながるんじゃないかと思いました」そこで福場さんが選んだ場が、町と人に寄り添うコーヒースタンド。独学でドリップと焙煎を学び、気になるお店に足を運んで自分好みのコーヒーを探した。


土間とアンティークが紡ぐ静かなひとときを
上下町に移住することになるため、住宅も兼ねる場所が必要だった。物件をみるうちに、土間や中庭のある古い建物に心を惹かれるようになった。商店街を歩いて出会ったのがこの場所。白壁通りに面した築70、80年の2階建て、古からず新しからず広すぎないちょうどよい佇まい。大きな掃き出し3枚を空けると、土間と外がひと続きになる。「やろうとしたことにフィットしているなと思いました」と福場さん。ひなまつりの時期はあけ放ち、カウンター置いてテイクアウトに対応するなどして活用している。
府中市で令和3年度から始まった、地域の活性化を目的とした「空き家リバイバルプロジェクト」を活用して改装した。 2023年、広島市から府中市へ移住、お店をオープンさせた。店内のインテリアは、これまで大切に集めてきたもの。アンティークならではの味わいが、町の記憶とともに静かな時間と心地よい空気をつくっている。


この一杯がまた来たくなる理由になる
お店には、地元の人、県外からの観光客、そしてライダーも多く訪れる。上下町はツーリングのルートに選ばれることが多く、途中の休憩スポットにもなっている。そもそも店名の「グッチ」は、イタリアのバイクメーカー「モトグッチ」からとったもので、55は福場さんが乗っていたバイクのナンバーだ。
窓際の席で、店頭にとめたバイクと背景に広がる町並みを眺める人、本を読む人、ソファでくつろぐ人、カウンターで福場さんと語る人、奥の小上がりで仲間と囲む人。それぞれがほどよい距離を保ちながら、自分の時間を過ごす。「遠くから足を運んでくださる方もいます。席数は多くないため、せっかく来ていただいても満席でお断りすることがあり、申し訳なくて」と、滞在は1時間ほどでお願いしている。

雪の日もお店を開ける。薪ストーブで温められた店内で、上下町の雪景色を楽しめる。「いつ来ても座れる場所でありたい。雪の上下町もとてもいいですよ。皆さんそれぞれの楽しみ方を見つけていただけるとうれしいです」

古い町並みの静けさと商店街のざわめきを感じながら、コーヒーをゆっくりと味わう。心が満たされていくのを感じながら、「また来よう」と決めた。ふらりと訪れたときにも、きっとグッチの明かりが灯っているはず。まるでずっと待っていてくれたかのように、一杯のコーヒーがまたやさしく出迎えてくれる。



